日本家族研究・家族療法学会
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News Letter No61

第24回大会を目前にして

大会長 吉川 悟

 前略 会員のみなさまへ
 第24回大会の開催まで、あと一ヶ月を切り、事務局もそろそろ臨戦態勢で、以下のよ うな号外を巷で見かけられることになるやもしれません。それは、「会長−多忙でパニック」、「事務局長−慢性疲労でダウン」、「事務局員−イライラのピークで行動化」、「実行委員−あれこれに奔走」などの記事です。
 これまでも何度か近接領域での大会をお引き受けしてきましたが、それぞれ大会長として「お気楽ムード」でこなしてきましたが、今回はどうも様子が違うようです。どうしてだろう、とあれこれ思い当たる部分を考えてみると、やはりこれは私の入れ込み方の違いのような気がします。どちらかといえば、家族療法一筋でやってきたという自負がある分、どうも何でもかんでも入れ込んで考え込んでしまったり、あれもこれもと雑多な要素を含めてしまったり、何より細かいことはどうでもいいとは思えなくなってしまったり・・・。完全に危ない状態です。
 4月半頃にもかかわらず、事前登録の数が伸びず、焦りまくりのはじまりです。どうか来ていただけそうな会員のみなさま、事前登録してください。(参加・宿泊のお申込)わざわざ当日になって高い参加費を払われるより、その方がいいと思います。私の精神的安定に、ご協力下さい。また、会員以外の方のご参加もまだまだ自由にできますので、まわりのお知り合いにお声がけ下さい。今回の大会、少し面白そうだよ、と。(またプレッシャ−になることを言い出している、と事務局長から怒鳴られそうですが・・・)
 とりあえず、そろそろ抄録号もお手元に届きはじめている頃、内容も少しは見えてきているのではないでしょうか。これまでとは違う切り口で、再度「家族研究」や「家族療法」を考えて、感じていただく機会になればと思っております。
 最後に、直前情報とはいえ、ろくでもないお願いばかりですいません。できる限り号外が発行されないように、何とか一ヶ月後の大会会場でみなさまにお会いできますこと、心より期待しております。

紹介!「アンチ・キャンサー・リーグ」

Anti-Cancer League
 

小森 康永
(愛知県がんセンター緩和ケア部)

 「アンチ・キャンサー・リーグ」(ACL)は、愛知県がんセンター中央病院の患者さんのウェブ上治療コミュニティです。ロゴマークにカニがあるのは、「がん」が英語で"Cancer"(カニ)と呼ばれるからですが、そもそもなぜがんを「カニ」と呼ぶかというのはあまり知られていません。がんの血管などの組織がカニの姿に見えるからだということです。ACLは訳すと、「反がん同盟」。
 ACLは、愛知県がんセンター中央病院緩和医療委員会が主催する、患者さんやそのご家族のための治療コミュニティです。メンバーは、本院での入院治療において緩和ケアを体験された方々、およびそのご家族。メンバーおよびスタッフの投稿が多くの方々に共有されることによって、いわゆる医療情報を超えた、さまざまな効果が期待されています。特に、本院で治療を受けてみえる患者さんにとっては、同じ機関で治療を受けている方々とのつながりを感じることによって、ともすれば孤立感を抱きがちな長期治療においてもいくらかの連帯感が得られるのではないかと思います。二ヶ月に一度、スタッフミーティングで検討の上、アップ中です。
 現在、特別企画と常設企画の二本立てですが、ラインアップは次の通りです。

特別企画
 ・佐藤さん、乳がんの38年を語る
 ・ニーマイヤー教授、喪失を語る
 ・柴田先生、『ティンブクトゥ』ってどこですか?
常設企画
 ・メンバーの声
 ・家族の声
 ・スタッフの声
 ・乳がんサポートグループ報告
 ・手術後ストレス緩和共同研究
 ・ディグニティ・セラピー本邦初公開
 ・死についての勉強会
 ・ビブリオセラピー向けお勧め本
 ・緩和医療チーム関連企画

 「緩和医療」とは、「からだとこころの痛みを緩やかにし和らげる」ものだとされていますが、痛みを減らす点が強調されるあまり、まるで「緩減療法」になってはいやしないか、というのが、私たちの問題意識です。Palliativeの語源が、Palliatus(マントで隠す)という「姑息な」意味しか持たないことに注目すべきかもしれません。私たちは、「緩和は、生と死が緩やかに和すところにある」くらいに大風呂敷を拡げてやっていこうと思っています。
 ひとりでも多くの方のご来場を希望致します。

編集後記

 JAFT62号が大幅に遅れてしまいました。申し訳ありません。
 風薫る5月、京都の地で日本の家族療法家が一堂に会することは、毎年どこかで繰り返される、あたり前のことと思われるかもしれません。もしもそう思われるのならば、それはそれでとても平和で幸せなことではあるのでしょうが(YK)。

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